ショッピングEncyclopedia

人は、第一印象をファッション・洋服で見てしまう事が多い。 洋服を変えるだけで、イメージチェンジもできる。

ピアス問題
32歳の誕生日を目前にして、目下悩んでいること。

ピアスホールがいまだ完成いたしません。。。

何故・・・?!

このブログを二年以上読んでくださっている方なら覚えていらっしゃるかもしれませんが、
30歳の誕生日記念にピアッシングをいたしました。

なので、ジャスト丸二年以上になるのです。
こんなに経って完成しない人っているんですか~?!

先日もある友人に「まだなの?!」とびっくりされたところですが。。。

状態としてはずっと変わらず、膿んだりアレルギーを起こしているわけではないのですが、
はずすとちょっとリンパ液が出たり出血する感じで。
軸を差し込むと、「生肉」な感触がある(笑)

う~ん・・・これって一体どうすればいいんだ。。。

最近になってこのブログを読んでくださるようになった方、
また、このピアス問題に関して記事にするのも久しぶりですので、
少しご説明させていただきます。

ちょうど二年前、30歳の誕生日記念にピアッシングしたのは前述の如くです。
ただ、そのピアッシング、初めてのことではなく再チャレンジなのでした。

ピアスデヴューとしてはいずれにせよだいぶ遅めの26歳、
それが私のファーストピアッシングでした。

私の世代では、都立高校に通っている人でその時代、
それ以外でやりたい人は大学入学と同時にピアスにする人がほとんどだったので、
20代も半ばになって、あえてその年代で今更ピアスにする人はいなかったかと思います。

元々肌が強くなく、アレルギー体質を持っているので、
興味がなかったわけではないけれど、ピアスにチャレンジすることに躊躇があり、
そんな私がある決意を持って「ピアスを開けよう」と思ったのが、26歳の春でした。

単なるファッション上の目的と言うよりは、もっと自分の奥深くに関わることとして考えていたのです。

その時もなかなかホールが安定せず、病院で相談もしつつ、
ところがピアッシングをして半年経った頃のある日、寝ている間にピアスがはずれてしまい、
目覚めると共に穴は既に閉じてしまっている状態でした。

そのようにしてピアスホールが失われたのとほぼ同時期に、
ピアッシングと共に決意していた「ある事」も、
自分が決めていた期限への経過と共に「叶わない」と言うことが判明したのでした。

その後は大きな病気が見つかったり、それに伴う心身の不調で、
ピアスどころの騒ぎではなかったのですが、
20代の終焉、そして30代への突入が近づいた頃合いだったでしょうか。

どういういきさつだったかは今となっては記憶がありませんが、
もう一度ピアスに再チャレンジしようと思い当たったのです。

そして、それは30歳の誕生日記念にしよう、と。

30歳と言う年齢は私にとって本当の「大人」年齢の一歩でした。

現在に至るまで、世間的には一応は「ハタチ」が成人年齢と言うことですが、
私の実感としてはハタチなんて大人とは程遠いものでした。

それは私だけの見解と言うより、私の周りにいる多くの人にとっても同じだったようです。

確か20代半ば頃から「本当の意味で大人になるのは30歳ではないか」との思いが強まり、
友人などにも度々「本当の成人式って30歳だよね」と口にしていた記憶があります。

そこにピアッシングの話が何故絡んでくるかと言いますと、
今でも時々言われるのが、ピアスに関して「親からもらった大事な体になんでわざわざ傷をつけるんだ」
そういう話がありますよね。

これって何も年輩者だけの発想ではないようで、
せいぜい私と同じ程度の世代の人でも、あえてあまり口にしないけど、
自分の中にそういう発想がある・・・と告白するのを何度か耳にした経験があります。

でも、だからこそ、と思うんです。

これは以前の記事にも同様のことを書いたと思うのですが・・・
およそ生きている間に無傷でいる人っていないですよね。体でも、心でも。

親は生まれて来た子供に、どんな小さな傷でもつかないように大事に大事に育てるのでしょうが、
残念ながらそういうわけには行かないのです。

なぜなら、「生きていく」、ということは、「傷ついていく」、ということと、
たぶん同義語だから。

そして、傷つくことで、修復作用が働いて、
それが絶えず行われることで、心も体も強くなっていくのです。

とは言え、命に及ぶような大きな傷や危険は避けなくてはなりませんし、
ごく小さいうちは危機回避能力も修復作用も未発達なので、
親なり何なり大人の保護が必要です。

でも、最終的に傷を修復するのはたとえ赤ん坊でも自分自身の力によるものですし、
さらには成長に伴って、取り返しのつかないような危険は避け、
多少の傷をつけることになっても行っていくべきことを取捨選択していくのは自分の問題になっていきます。

そう、大人になると言うことは、傷を自分で請け負う力を持つと言うこと。

人生の中では、常に大なり小なり「選択する」ことを迫られています。
自分が常に選択をしているということを意識こそしていないかもしれませんが、
例えば朝布団の中で目覚めて、その時ただちに起き上がるか、それとも再び眠りに落ちるか、
それだって、一つの選択なのです。

どっちを選ぼうとも大勢に影響はないことも多くありますが、
ほんのささいな選択が大きく未来を変えてしまうこともあるものです。

グウィネス・パルトロウ主演の「スライディング・ドア」と言う映画がありましたが、
あれは一枚の扉を隔てて、電車に飛び乗れたか乗れなかったで、
全く違う未来を描き出した、とても興味深い映画でした。
(ただし、これには落ちがありますので、興味がある方はぜひ!)

あの映画は自分の選択というよりも、ちょっとした偶然による違い、と言うほうが正しいですが、
多くのことは偶然や成り行きのように思えて、実は自分で選んでいることが多いものです。

そして、そんな選択が時には思わぬような大きな出来事に及ぶこともありますし、
もちろん受験だとか、就職、結婚など、はじめからある程度心して明確に選択する機会を持つことがあります。

ほとんどの場合、それらの選択は「よかれ」と思って行うものですが、
言ってみればその選択は「良い」か「悪い」かの二者択一ですから、
実のところ五分五分で悪いほうに転ぶ可能性があるわけです。

つまり何かを選ぶと言うことは、常に危険を伴っていると言うことですが、
大人になるにつれ選ぶ自由を与えられると言うことは、
その結果に伴うリスクを自分で請け負うと言うことの裏返しでもあるのです。

私もこれまで数多くの選択をしてきましたが、
良い方向に行ったことも悪い方向に行ったことも、両方あります。

もちろん、それはあくまで現時点での話ですので、
最終的なものではないのですけれど、、、

中には、本当に取り返しのつかない選択をしてしまったのではないか・・・と思うこともあって、
裏目裏目に事が運び続けているような、そんな不安や恐怖を感じることがあります。

それでも生きていかなくてはならないし、今もこれからも常に何かを選び取って、
それに伴う結果の責任も請け負っていかなくてはならない。

何かを選び取ると言うこと。
そこには良い方向にも悪い方向にも転ぶ可能性があると言うこと。
そして、その責任を自分で請け負うと言うこと。

特に悪い方向に転んだ場合、リスクを背負うことも傷つくことも、「自分自身」
・・・なんだよなあ。。。

大人になるとはそういうことか・・・と気づいたわけです。

そんな気づきがあった際に、ふとピアスのことを思い当たったんですよね。

前述の通り、確かにわざわざ自分で自分の傷をつけるなんて・・・
って、確かに私もそう思います。

ごく気軽にピアスをする人は多いというより、ほとんどの人がそうかもしれませんが、
実際にはそれを行うに当たって、多少なりとも痛みを伴ったり、
何かと面倒やら何やらを請け負う可能性を秘めている行動なのです。

日本ではピアスはちょうど体が大人になる頃合いで行う人が多いかと思いますが、
大人になるための通過儀礼的な側面があるのでは・・・と私は感じるのですよね。

少なくとも私は、そんな意味合いを感じたのです。

だから、私の中で真の成人年齢であった30歳にそれを行い、
また、20代半ばで一度チャレンジして失敗した、そのリベンジ的意味合いも含んでいました。

だから、結果、二度目のピアスをチャレンジしました。でも、ダメでした・・・
で、簡単に諦められることではないのですよ。。。

ちなみに初めてのピアッシングでは半年経っても完成しなかったので、
二度目は「とりあえず一年がんばってみよう!」と思っていました。

ところが、ピアッシング後から一年経過した、つまり31歳の誕生日のときですが、
全くホールが完成している感触がない。。。

その際にも「どうしようかな・・・」と悩んでいたのですが、
友人諸氏にも「もう少しがんばってみなよ!」と葉っぱをかけられ、
では、もう一年がんばってみましょう、ということでこの一年を過ごした次第なのですが・・・

う~ん・・・何なのかな。。。

この年齢になって尚、まだ「大人」とは程遠いってことでしょうか?!(汗)

二度目のピアッシングが失敗したら、当面は諦めることにして、
50歳で三度目の、そしておそらくは最後のリベンジをかけることにしよう、などとも言っていたのですが、
果たして現時点で諦めてそうするべきかどうか。。。

一度ピアスのある顔に慣れてしまうと、ピアスのない顔に再び戻るのは何となく抵抗もあり・・・

本当に悩みどころなのです。。。

もちろん当面そのままにしてしまってもなんら問題があるわけではないのですが、
まあ、気持ちはすっきりしないですよね。。。

そういえば、このピアス問題に限らず、
32歳の誕生日までにすっきりさせたいと思っていた事らにおいても、
どうやら保留状態で誕生日越えしなくてはならないような。。。

人生って思うようにならないものですね。。。やはり。

グレーな状態が苦手な性格なので、きついところですが。

しかしながら、昔だったら「もうダメだ!!」とここでばたっと倒れるところでしたが、
結果が出るまで諦めない、と言うしぶとさは身についたかもしれません。。。

ピアスもやめた方がいいならやめるべきだと言うサインがきっと出るはずですし、
それがないと言うことは、「時期じゃない」と言うことなのではないか・・・と。

もうちょっとがんばってみまする。。。

セカンドピアスは既に準備してあるので、スワロフスキーの一粒ピアスなのですが、
これが私の顔に燦然と輝いている姿を見たら、、、

ピアッシング成功!大人への第一歩も大成功!!

と言うことで、一緒に喜んでいただけると有難いです。。。










http://i-grek.blog.so-net.ne.jp/2009-10-18

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